原子力発電と日常生活のリスク
どの程度安全かをリスクで考えよう

原子力システム研究懇話会
  村主 進(すぐり すすむ)

(月刊エネルギーVol.39,No.3(2006)に掲載のもの)

1.はじめに

わが国の原子力発電所では深層防護による事故防止対策が施されており、また従業員の教育訓練も厳重に行なわれているので、多量の放射性物質を放出するような事故は起こるとは考えられない。このため万一多量の放射性物質を放出するような事故が発生したときに、周辺住民にどの程度の被害を及ぼすかについて解析した事例は少ない。

そこで原子力発電所の事故の被害について調査した結果を述べ、併せて日常の生活における事故による被害も含めて表4にまとめた。この表を見ると原子炉事故の被害が意外に低いことがわかる。

表4 種々のリスクおよび過去の災害などの一覧表
事象 過剰死亡確率 寿命の短縮
貧困 9000日
鉱業に従事 0.11 1600日
林業に従事 0.07 1000日
漁業に従事 0.05 700日
農業に従事 0.04 600日
不慮の事故および天災 0.023 340日
自動車事故 0.009 130日
1988年のインフルエンザ* 120日
原子力発電所の大事故に遭遇 0.005 50日
兵庫県南部地震* 0.002 30日
原子力発電所の大事故 2×10−7 0.002日
*リスクではなくて、過去の災害または被害である。将来このような災害または被害が起こると考えるならば、リスクと考えてよい。

生涯を通じて考えれば、チェルノブイル事故のような原子力発電所の大事故による死亡のリスクは、自動車事故による死亡のリスクより少ないか、もしくは評価誤差を考えても同程度のものである。おそらく読者のうちには、自分の常識とは異なると感じる人も少なくないであろうが、これが客観的現実である。

本論文は各種の事故の現状についての認識のために、原子力発電のリスクを述べ、次いで日常生活におけるリスクとの対比について述べたものである。

2.原子力発電所の事故のリスク

わが国における原子力発電所の事故のリスクを求めるにあたっては、チェルノブイリ原子力発電所の事故による放射線被ばくの実態を参考にして求めることにする。そのため、まずチェルノブイリ事故による被ばくの状況について述べ、次にわが国における原子力発電所の事故のリスクについて言及する。

2.1 チェルノブイリ事故によるFP放出と住民の被ばく
チェルノブイリ原子力発電所の事故では最初に原子炉の暴走があり、引き続き崩壊熱と減速材の黒鉛が燃えることによって炉心の高温が継続し、多量の放射性物質の放出が10日間継続した。
環境に放出された放射能は、ガス状の希ガスで炉心内臓量の100%、揮発性の高いヨウ素で50〜60%、セシウムで20〜40%、ストロンチウムで4〜6%であった。この他にもテルルが25〜60%、バリウムが4〜6%、その他の核種では約3.5%程度が環境に放出された。この放出された放射能は微粒の粉塵となって遠距離まで風によって運ばれ、雨とともに地表に降下したので、チェルノブイリ発電所より遠く離れた地域の地表も汚染させた。図1にセシウムによる地上の汚染分布を示す(1)




図の1480kBq/m2(40Ci/km2)以上の汚染の区域は居住禁止区域とされ、住民は強制的に移住させられた。555kBq/m2(15Ci/km2)~1480kBq/m2の汚染の区域は厳重管理区域と指定されて、健康管理のもとに住民の居住は許された。14歳以下の子供や妊婦は一時退避することを勧告されたが、その後居住は認められた。

強制移住させられた1480kBq/m2(40Ci/km2)以上の汚染の区域に住んでいた住民および厳重管理区域住民で移住を希望した住民に対する退避費用、移住費用、移住後の生活保障などの諸々の補償費用および高汚染区域の汚染除去費用、汚染食品廃棄費用などの経済的な損失は莫大なものであるが、生命を失う損失は後述のとおりであった。

UNSCEAR (国連科学委員会)2000年報告書(2)付属書Jによれば、厳重管理区域の住民の人口と、事故を起こした1986年より1995年まで(事故後10年間)の集積実効線量の評価は表1のとおりである。すなわち旧ソ連邦の3国の合計で、人口は193,367人であり、この集団の1986年〜1995年の10年間の集積実効線量は外部被ばくで6,055人・Sv、内部被ばくで1,963人・Svと評価されている。

表1 厳重管理区域住民の人口と集積実効線量の評価値(1986年〜1995年)
国名 人口(人) 集積実効線量(人・Sv)
外部被ばく 内部被ばく
ベラルーシ共和国 97,593 3,433 1,150
ロシア連邦 95,474 2,611 799
ウクライナ国 300 11 14
合計 193,367 6,055 1,963

次に生涯(1986年〜2056年の71年間)の集積実効線量を求める。UNSCEAR2000年報告書のとおりに、外部被ばくでは、最初の10年間(1986年〜1995年)の集積線量は生涯の集積線量の60%とし、内部被ばくでは、最初の10年間の集積線量は生涯の集積線量の90%とすれば、内部被ばく、外部被ばく合計の生涯の集積実効線量は193,367人の集団で
6,055(人・Sv)÷0.6+1,963(人・Sv)÷0.9=12,273(人・Sv)
となる。

厳重管理区域住民の人口10万人あたりに換算すれば、生涯の集積実効線量は12,273(人・Sv)÷1.93367=6,350人・Svとなる。1人平均では64mSvである。
この値がチェルノブイリ事故で、最も被ばくした集団の生涯の被ばく線量である。

わが国の原子炉事故のリスクを求めるにあたってこの値を用いることにする(注1) 。

(注1)チェルノブイリ事故での甲状腺ガンの多発は、事故により放出された放射性ヨウ素が甲状腺に摂取、吸収されて起こったものと考えられが、今まで欧米における甲状腺への放射線治療の経験などからは考えられないほどの多発である。
このような甲状腺ガンの多発は、この地方の住民の遺伝的素質や甲状腺のヨウ素欠乏、その他事故以外の因子の影響によるものと考えられている。
また、甲状腺ガンは良性のガンで死亡率は低い。現在までに甲状腺ガンによる死亡は9名とのことで非常に少ない。したがって甲状腺への放射性ヨウ素摂取、吸収による影響は無視する。

なお、ある集団が被ばくした生涯集積線量をこの集団の人口で割った値、例えば100,000人あたりの集積線量の値は、地表の汚染度が同じならば、日本のような人口稠密な国でも人口希薄な国でも変わらない。

また、住民の放射線被ばくには、厳重管理区域住民のほかに、事故時の緊急退避者の被ばくがあるが、事故時緊急退避者の被ばく線量は厳重管理区域住民の生涯の被ばく線量より少ないので、最も被ばくした住民集団の放射線被ばくとしては、厳重管理区域住民の被ばくを用いることにする。

2.2 原子力発電所の大事故に遭遇したときの住民のリスク
我が国においてチェルノブイリ事故のような燃料が大破損するような原子炉の大事故が起こり、40Ci/km2以上の汚染区域ができたと想定して、その時のリスクを求める。

前提として、
@事故が起こったときに、40Ci/km2以上の汚染区域ができたときには、この区域を居住禁止にする。
A 40Ci/km2〜15Ci/km2の汚染区域は厳重管理区域として住民の健康管理をしながら居住は認める。
B 厳重管理区域住民が最も被ばくするグループとなるが、このグループの集積実効線量は、チェルノブイリ事故のときと同様に、人口10万人当たり6,350人・Svとする。
C 一般人の放射線のリスク係数は0.079/Svとする(注2) 。

(注2)放射線のリスク係数とは、単位被ばく線量当たりの生涯死亡率を言う。ここではリスク係数として、米国科学アカデミーのBEIR‐X報告書(3)にある、一般人の0.1Svの全身被ばくの場合の男女平均の値の0.079/Svを用いることにする。

上述の前提の下では、集団の人口100,000人について生涯の死亡者は
6,350人・Sv×0.079/Sv=502人
であるので、
過剰死亡確率(注3) =502(人)÷100,000(人)=0.005
になる。また犠牲者の失う平均的な余命を30年とすれば(注4)
寿命の損失=30年×0.005=0.15年
となり、これを日で表わすと50日となる。

この値を表4の「原子力発電所の大事故に遭遇」のリスクとして載せている。

(注3)過剰死亡確率とは、生涯を通じて当該事故により死亡する確率を云う。

(注4)住民の放射線被ばくによる被害の場合は、犠牲者の失う平均的な余命は30年となる。
 0.1Sv程度の放射線の被ばく者の死亡は早い人で被ばく後数年、遅い人では数十年経過した後である。そこで、放射線被ばくによる犠牲者の発生は平均して被ばく後20年経過した後と考えるのが妥当であろう。すなわち乳幼児でも死亡するのは平均して20歳頃である。すると犠牲者の平均的な年齢は、20歳と日本人の平均寿命の80歳の平均値の50歳となる。従って犠牲者の失う平均的な余命は、80(歳)−50(歳)=30(年)になる。

2.3 原子力発電所の大事故の住民のリスク
燃料が大破損するような大事故は恐らく人の一生のうちに経験することはないであろう。子、孫の時代にも経験することがないであろうと考えられる。そこで何世代もの住民に対してどの程度のリスクになるのかを以下に述べる。

(1) 原子力発電所が大事故を起こす頻度
原子炉施設には多数の事故防止のための機器が設置されて、厳重な事故防止対策がなされている。したがって幾つかの機器の故障や人の誤操作があっても燃料が大破損するような大事故には発展しない。しかしこの何重にも設けられた事故防止機器が同時にすべて故障しているときには燃料の大破損事故が起こり得る。そしてさらに事故が発展すると格納容器が破損される。

最近の確率論的リスク評価の解析結果によれば、燃料の大破損事故に引き続きさらに格納容器が破損する確率は5×10−8(原子炉1基あたり、格納容器が破損する頻度は1,000万年に0.5回)である。(4)

(2) 原子力発電所のリスク
上に述べたように、燃料の大破損事故に引き続きさらに格納容器が破損して多量の放射能を放出するような事故の頻度は5×10−8/炉・年と考える。また我が国の原子力発電所サイト当たりの原子炉の基数は、最大規模のもので10基と考える。日本人の平均寿命は80歳であるので、発電所周辺の住民が生涯の間に燃料大破損に引き続き格納容器の破損事故を経験する確率は
  5×10−8(/基・年)×10(基)×80(年)=4×10−5
となる。
先に述べたように、原子力発電所が燃料大破損を起こすような大事故に遭った時のリスクは、最大の被ばくをするグループで、過剰死亡確率が0.005、寿命の短縮が0.15年(50日)である。

発電所周辺の住民が生涯の間に大量の放射能放出事故を経験する確率は4×10−5であるので、原子力発電所そのもののリスクは、過剰死亡確率で
  0.005×4×10−5=2×10−7
寿命の短縮で表現すると
  0.15(年)×4×10−5=6×10−6(年)=0.002日
となる。

この値を表4の「原子力発電所の大事故」のリスクとして載せている。 

3.日常生活に伴うリスク
次に日常生活に伴うリスクについて述べる。

3.1自動車の利用に伴なう事故のリスク
(1)過去の自動車事故による死者数の推移
われわれは日常生活において常に自動車事故など不慮の事故に遭う危険にさらされている。日本統計年鑑から人口10万人あたりの不慮の事故および天災、その内訳としての自動車事故などによる死者数の推移をまとめると表2(注5) のとおりになる(5)

(注5)この表は厚生労働省の「人口動態統計」による。警察庁の「交通事故統計」は事故発生後24時間以内の死亡者のみを纏めているので、リスク評価には利用できない。

表2 不慮の事故および天災による死者数の推移(人口10万人あたりの死者数
事故・災害 昭和25年
1950
昭和30年
1955
昭和35年
1960
昭和40年
1965
昭和45年
1970
昭和50年
1975
昭和55年
1980
昭和60年
1985
平成2年
1990
平成7年
1995
不慮の事故及び天災 39.5 37.3 41.7 40.9 42.5 30.3 25.1 24.5 26.2 36.5
交通事故 - - 19.0 19.9 23.4 14.6 11.4 12.0 12.9 12.2
自動車事故 3.7 6.7 14.4 16.5 20.9 12.8 10.1 10.5 11.9 -
自動車事故以外の事故 5.4 5.1 4.6 3.3 2.5 1.8 1.3 1.4 1.0 -

この表から自動車事故を見ると戦後の1950年あたりは自動車の普及していない時代であって、自動車事故による死者数は少なかったことが分かる。その後1970年頃までは自動車の普及とともに死者数が増加してきた。1975年頃より死者数の増加を食い止めるために交通取り締まり強化、法規の改正、交通信号の整備、運転者のマナーの改善などにより、現在では自動車事故による死者数は10万人あたり約10人程度にまで低下している。

一方自動車事故以外の交通事故は戦後より毎年減少しており、現在では人口10万人あたり1名以下の死者数となった。自動車事故の1割以下の数字になったためなどの理由により平成7年からは「自動車事故以外の交通事故」の項目は設けず、これは交通事故に含め集計するようになった。

(2)過剰死亡確率および寿命の損失
1980年より自動車事故の死亡率が安定していることから、1980年、1985年、1990年の平均値を取り、人口10万人あたりの将来の年間死亡者数を(10.1+10.5+11.9)÷3=10.8人と仮定する。日本人の平均寿命を80歳とすると、生涯における自動車事故の死亡者は10.8人×80であるので、過剰死亡確率は
10.8×80÷100,000=0.009 となる。

(3)寿命の損失による表現
自動車事故の死亡者の失う平均的な余命を40年とすれば(注6) 、寿命の損失は
  40年×0.009=0.36年=130日
となる。

この値を表4の「自動車事故」のリスクとして載せている。

(注6)自動車事故などの事故によって死亡する場合の犠牲者の失う平均的な余命は40年となる。
理由は、事故に遭って死亡するのは幼児から年寄りまですべての年齢にわたる。従って日本人の平均寿命を80歳とすれば、事故の犠牲者の平均的な年齢は0歳と80歳の平均値の40歳となり、犠牲者の失う平均的な余命は80(歳)−40(歳)=40(年)となる。

3.2兵庫県南部地震(神戸大震災)による被害
1995年1月17日に淡路島北部より須磨、六甲にかけて活断層が動き、淡路島北淡町、神戸市、西宮市、芦屋市、伊丹市、宝塚市、尼崎市に居住している住民のうち約6,400人が地震のために死亡した。この7市町の住民の総数は約300万人である。

なお、この地震では地震後の住民の移住費用、仮設住宅費用、復興費用および諸々の補償費用等の経済的損失は大きいが、ここでは健康に関する損失について述べているので、経済的損失については触れない。

兵庫県南部地震の場合は断層の性状から考えて地震の頻度は2〜3,000年に1回程度と考えられている。従ってこの地方の住民が一生のうちに同じ程度の大規模の地震を経験することはないと考えられる。この場合の過剰死亡確率は
  6,400(人)÷3000,000(人)=0.002となる。
死亡者の失う平均的な余命を40年とすれば、寿命の損失は
  40年×0.002=0.08年=30日
となる。

この値を表4の「兵庫県南部地震」の被害としてとして載せている。

3.3 流行病による寿命の損失
流行病による寿命の損失の程度はかなり大きい。平成3年簡易生命表によって、日本人の平均寿命を1985年から1991年までプロットすれば図2のようになる(6)



この6年間の寿命の伸びは1.46歳で、年平均で0.24歳の寿命の伸びとなる。これはこの間年々国民が豊かになり、従って良質の食糧を取り、衛生的な生活を営み、高度の医療の恩恵を受けるなどして平均寿命が伸びたものである。

一方、1988年(昭和63年)は1987年に対して平均寿命が0.08歳短くなっている。平成3年簡易生命表には、これは1988年のインフルエンザの流行が主因であると記述している。

この前後の期間で平均寿命の伸びが年平均で0.24歳であることを考えれ
ば、インフルエンザの流行が主因となって1988年は平均寿命が短縮し、その正味の値は0.08(歳)+0.24(歳)=0.32歳となる。これを日で表わすと120日となる。
この値を表4の「1988年のインフルエンザ」の被害として載せている。

3.4 不慮の事故および天災に伴うリスク
表2の「不慮の事故および天災」の欄を見ると,自動車事故ほど経年的に大きな変動はない。そして1950年以降死者数の推移はほぼ一定である。このためリスクの値としては、1985年、1990年、1995年の平均値を取るのが妥当であろう。
この値は24.6+26.2+36.5÷3=29となり、人口10万人あたりの年間の死者数の平均は29人となる。

日本人の平均寿命を80歳とすると,過剰死亡確率は、
  29×80÷100,000=0.023となる。
犠牲者の失う平均的な余命を40年とすれば、寿命の損失は
  40年×0.023=0.92年=340日
となる。

この値を表4の「不慮の事故および天災」のリスクとして載せている。

3.5 産業活動に伴うリスク
(1) 産業活動における事故による死亡者
産業活動のうち農業、林業、漁業、鉱業に従事する人の不慮の事故による死亡率はかなり高い。この4産業に従事している男子の死亡率をみると表3のようになる(7)

表3 産業別の不慮の事故による男子10万人あたりの死者数
産業の種類 昭和60年度
1985年度
平成2年度
1990年度
平成7年度
1995年度
1985〜1995
年度の平均値
農業 79.4 87.1 100.1 88.9
林業 169.5 177.0 202.7 183.1
漁業 108.1 118.1 131.7 119.3
鉱業 382.3 307.8 274.1 321,4

表を見ると農業、林業、漁業については、男子10万人あたりの死者数は、経年的に著しい増加の傾向は見られないので、今後の死亡者の見通しは1985年度、1990年度、1995年度の平均値と考えるのが妥当であろう。従って農業、林業および漁業における事故による死亡者数は、それぞれ10万人あたり90人、180人、120人とする。

鉱業に於いては、災害予防対策が充実してきた結果、表に見る通り死亡者が年々著しく減少している。そこで将来の死亡者は1995年の値の年間274人とすることにする。

(2) 過剰死亡確率による表現
日本人の平均寿命は約80歳であるが、産業に従事する期間は約20歳から約60歳までと考えてよいであろう。従って産業のリスクにさらされる期間は,この場合は平均寿命の期間ではなくて、60−20=40年間と考えるのが妥当であろう。従って過剰死亡確率は
  農業においては90×40÷100,000=0.04
同様にして
  林業においては180×40÷100,000=0.07
  漁業においては120×40÷100,000=0.05
  鉱業においては270×40÷100,000=0.11
となる。

(3) 寿命の損失による表現
犠牲者の失う平均的な余命を40年とすれば(注7) 、
  農業における寿命の短縮は、 40×0.04=1.6年=600日
  林業における寿命の損失は 40×0.07=2.8年=1,000日
  漁業における寿命の損失は 40×0.05=2.0年=700日
  鉱業における寿命の損失は 40×0.11=4.4年=1,600日
となる。

この値は表4の「農業に従事」「林業に従事」「漁業に従事」「鉱業に従事」のリスクとして載せている。

(注7)産業活動の事故による死亡の場合は犠牲者の失う平均的な余命は40年となる。
 その理由は、産業活動に従事する期間を20歳より60歳までとする。産業活動の事故によって死亡するのはこの期間で、事故の犠牲者の平均的な年齢は20歳と60歳の平均の40歳となる。日本人の平均寿命を80歳とすれば、犠牲者の失う平均的な余命は80(歳)−40(歳)=40(年)となる。

4.各国の国民の平均寿命の比較

今まで日常生活におけるリスクについて述べたが、この節では貧困な暮らしによる寿命の短縮について述べる。

国の経済が発展し、国民1人当たりの国内総生産(GNP)が高まれば、国民1人当たりのエネルギー消費が増える。エネルギー消費の増大によって国内総生産が高まり、これによって国民は豊かになり、暮らしが向上し、快適な生活を送ることができる。

各国の1人当たりのエネルギー消費と国民の平均寿命の関係を調べてみると、かなり良い相関が得られる。図3にこの関係を示す(8)



勿論各国の政治・経済体制、風土、食習慣、医療制度、省エネルギーの程度などの差異によって平均寿命に幅があるのは当然である。そして、ある程度以上のエネルギー消費の国では、エネルギー消費とともに暮らしが向上しているのは事実であるが、一般的にエネルギー消費の高低は平均寿命の長短には関係ない。

一方各国のエネルギー消費量が極端に低くなると、エネルギー消費量の低下とともに平均寿命が低くなっている。これはエネルギー消費が極端に少ないということは国民の貧困を意味し、国民は貧困のために、食糧の不足に悩まされ、上下水道のようなインフラが不十分で不衛生な生活を余儀なく強いられ、医療費にも支出する余裕が少ないためである。

図に示すようにエネルギー消費の高い先進国の平均寿命は約75歳前後であり、パキスタン、ネパール、バングラデシュ、エチオピア等のエネルギー消費の極端に低い貧困な国の平均寿命は50歳前後である。この差は25歳となっている。すなわち貧困による寿命の短縮は(365日×25=)9,000日となる。逆にいえば、貧困でない暮らしは平均寿命で約9000日のメリットがあることになる。

この値は表4の「貧困」のリスクとして載せている。

5.様々なリスクおよび災害などのまとめ

今まで述べたリスクおよび災害について、過剰死亡確率の大きい順序に纏めると表4のようになる。表には「過剰死亡確率」と「寿命の短縮」による表現について載せた。ただし寿命の短縮が直接求められるものについては、過剰死亡確率の欄は空欄になっている。

表4 種々のリスクおよび過去の災害などの一覧表
事象 過剰死亡確率 寿命の短縮
貧困 9000日
鉱業に従事 0.11 1600日
林業に従事 0.07 1000日
漁業に従事 0.05 700日
農業に従事 0.04 600日
不慮の事故および天災 0.023 340日
自動車事故 0.009 130日
1988年のインフルエンザ* 120日
原子力発電所の大事故に遭遇 0.005 50日
兵庫県南部地震* 0.002 30日
原子力発電所の大事故 2×10−7 0.002日
*リスクではなくて、過去の災害または被害である。将来このような災害または被害が起こると考えるならば、リスクと考えてよい。

この表のリスクおよび過去の災害などの値は、今まで述べた前提および利用したデータベースのもとに求められたものである。

この表を利用するときには、手法、すなわち用いられた前提およびデータベースと組み合わせて用いられなければならない。そうでなければ、リスクの大小の差異は実感をもって受け入れられないであろう。そして他人への説得力はないと思わなければならない。

したがって本文を見ながら、この表を読んでもらいたいが、表について多少説明をする。

 表の最後の欄の「原子力発電所の大事故」のリスクは、原子力発電所の燃料が大破損して、引き続き格納容器が破損するような大事故の発生頻度を考慮した正味のリスクである。

原子力発電所の周辺の住民は、原子力発電所の大事故に遭遇する惧れは殆どないが、何世代かの間には大事故の遭遇することが考えられる。たまたまこのような大事故に遭遇した場合のリスクが「原子力発電所の大事故に遭遇」のリスクである。したがって原子力発電所の周辺の何世代もの住民のうち、たまたま原子力発電所の大事故に遭遇した世代に生活していた人が、過剰死亡確率0.005程度のリスクに曝されるわけである。しかもこの0.005程度のリスクは日本人が日常的にさらされている自動車事故のリスクより低いか、評価誤差を考えても同程度のリスクである。

7.あとがき

我々は働き、収入を得て、快適な生活をする上で多くのリスクに曝されている。これらのリスクを正しく認識することが、物事を判断する上に必要である。そしてリスクの値はそれを求めた根拠と組み合わせて用いなければ説得力がないことを強調したい。

また人がベネフィットを得ようとして行動すれば必ずリスクが伴うものである。

従ってリスクについて語れば、必ずリスク・ベネフィットについても考えなければならないが、リスク・ベネフィットについては別の機会に述べたい。



      参考文献

(1)ソ連原子力国家委員会資料(1986年8月 IAEA専門家会議)
(2)United Nations:UNSCEAR 2000 Report−Sources and Effects of Ionizing Radiation(2000)
(3)原子力安全研究協会:低線量電離放射線被ばくによる健康影響−BEIR‐X−概要と解説(1991.3)
(4)原子力システム研究懇話会:原子力とそのリスク(2004.6)
(5)総務庁統計局:第43回、第46回、第49回 日本統計年鑑
(6)厚生省大臣官房統計情報部:平成3年簡易生命表
(7)厚生省大臣官房統計情報部:平成2年度、平成7年度 人口動態職業・産業別統計
(8)国連統計局:1990/91国連世界統計