原子力発電のリスク わが国の原子力発電所では、深層防護による事故防止対策が万全であり、また従業員の教育訓練も十分に行われているので、多量の放射性物質を放出するような事故は起こるとは考えられない。 |
原子力発電はどれくらい安全か
原子力システム研究懇話会
村主 進
(原子力システムニュースVol.15,No.4(2005.3)に掲載)
1.はしがき
「原子力発電所は安全か」を知るためには、原子力発電所はどの程度危険かを知ることが必要である。このためには原子力発電所の事故例を詳細に調査すればよい。
1986年4月に、旧ソ連で電気出力100万kWの原子力発電所が炉心損傷事故を起こした。この原子力発電所は、核分裂生成物の環境への放出を抑制する原子炉格納容器がない上に、可燃性の黒鉛が原子炉の炉心の構成要素であった。このために、事故によって炉心は10日間も燃えつづけ、炉心の核分裂生成物はこれ以上考えられないくらい多量に環境に放出された。
この事故で非常に高く汚染された区域は居住禁止にし、ある程度高い汚染区域(厳重管理区域)では健康状態を監視する条件付で居住を許された。
2.チェルノブイリ事故の被害
居住禁止区域の住民には、移住費用、移住後の生活保障などの諸々の補償費用の支出があり、その他にも汚染除去費用、汚染食品廃棄費用などの費用の支出がある。この経済的な損失は莫大であるが、経済的な損失は原子力発電所の電力供給による経済的利得と比較すべきもので、ここでは触れない。
事故による放射線被ばくが高いグループは避難住民と厳重管理区域住民である。しかし生涯の期間の放射線被ばくを考えると、厳重管理区域住民が最も高い放射線被ばくをするグループとなる。
チェルノブイリ事故における厳重管理区域住民の放射線被ばくを基にして、わが国において万一、大量の核分裂生成物を放出するような炉心損傷事故が生じた場合の、最も高い放射線被ばくをするグループのリスクを評価してみる。このために、厳重管理区域住民の平均寿命を日本人と同じく80歳として、厳重管理区域住民の生涯の80年間における死亡確率(過剰死亡確率)を求めると約0.005と評価される。
これを日常生活における事故と較べて見る。例えばわが国の自動車事故を考えれば、80年間の生涯における自動車事故による死亡確率(過剰死亡確率)は0.009である。
このことは、健康上のリスクに関しては、チェルノブイリ事故のような炉心損傷事故のリスクは、自動車事故のリスクより少ないか、若しくは評価誤差を考えても同程度であると言える。
3.原子炉事故の頻度を考慮
自動車事故は毎年発生しているが、炉心損傷事故は生涯の80年間に一度も起こらないと考えてよい。
事実わが国では約1,000炉・年(各原子炉の運転年数を全原子力発電所について加算した総和)の運転実績があるが、大量の核分裂生成物を放出するような炉心損傷事故は一度も起こしていない。このことは一基(炉)の原子力発電所に換算すると、1,000年間も炉心損傷事故を起こしていないことを意味する。
一方、確率論的リスク評価手法を用いて、わが国の原子力発電所における配管破断、機器故障の実績および人間の作業ミスなどの実情を基にして炉心損傷頻度を評価している。そして炉心損傷事故の頻度は炉・年あたり1×10−7以下と評価されている。
原子力発電所敷地内に10基(10原子炉)の原子力発電所があるとして、日本人の生涯の80年間にこの敷地内で炉心損傷事故を起こす頻度は、
1×10−7(/炉・年)×10(炉)×80(年)=8×10−5
となる。
炉心損傷事故によって最も高い放射線被ばくをするグループでも、リスクが自動車事故と同程度であるので、事故発生頻度を考えると、原子力発電所の安全性は自動車事故よりも一万倍以上安全であることになる。
なお、過去に炉心損傷事故を起こした米国のスリー・マイル島原発、旧ソ連のチェルノブイリ原発はわが国の原子力発電所とは安全設計の異なるものであって、わが国の原子力発電所の炉心損傷事故頻度の参考になるものではない。
4.終わりに
以上の話は、読者の皆さんが始めて聞くことかもしれないが、これは客観的事実である。
チェルノブイリ事故の被害、最も高い放射線被ばくをするグループのリスクおよび炉心損傷事故の発生頻度ならびに自動車事故のリスクの値の根拠は、「V.資料および論文の(1)原子力とそのリスク 第4章 4.4節および4.5節に詳しく説明しているので、これを読めば読者の皆さんも納得いくであろう。
但し炉心損傷事故の発生頻度の推定値は機器の故障率と作業ミスの頻度によって変動する。このため、原子力発電所の老朽化に対して十分の対策を実施し、従業員の教育訓練も充実して、故障や異状事象を起こさないようにまた作業ミスをしないようにすることが原子力発電所を安全に利用するための要件である。