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「6.わが国の原子力発電の今後」へ進む

5. 原子炉事故からの教訓

 原子力発電にかかわる安全技術や設計思想に大きな影響を与えた2つの発電プラントの事故における主な教訓に焦点を絞って記してみる。

 19793月の米国スリーマイルアイランド2号機(PWR95.9万キロワット)の事故は、運転員の規則違反と設計の不備と運転員のプラント状況の誤認が重なって原子炉内の冷却水が失われたために燃料棒が過熱して多くの燃料棒が損傷したが、周辺への放射性物質の放出はわずかであった。この事故は「燃料棒を冷却する」ことには失敗したが「放射性物質の閉じ込めにはほぼ成功した、といえる事故であった。見方を変えると“技術”が発信した情報を“人間”が的確に受け止められず(炉内の水量の確認)、また“人間”が“技術”に適切に介入できなかった(自動運転した非常用炉心冷却ポンプをわざわざ手で止めた)ことが、最初の小さな計装系のトラブルを事故にまで拡大させてしまった、といえる。このために人間と機械との接点「マンーマシンインターフェース」の問題が、事故の教訓を踏まえて改めて真剣に再検討されてわが国はじめ世界中でプラントの制御室・監視制御盤・装置の大幅な改良につながった。

 19864月の旧ソ連チェルノブイル4号機(RBMK100万キロワット)の事故は、設計上の欠陥、不十分な深層防護設計、それに重大な運転マニュアル・運転規則違反が重なって、炉内の核分裂が急増したにもかかわらずこれを急速停止できず、これによって破損した圧力管から漏れ出した高温の水蒸気が、これも高温の黒鉛減速材と反応して水蒸気爆発・水素爆発を起こし、原子炉全体が破壊されて放射性物質が周辺環境に大量に放出された事故である。これは「核分裂を止めること」に失敗して、その結果「放射性物質の閉じ込め機能」までも失われてしまったもの、といえる。事故原因にはヒューマンファクター、特に旧ソ連の原子力開発体制下にあった技術者・関係者の心と行動の要因が極めて大きいとされて、原子力に携わる世界中の関係者に「安全を最大の目標」と改めて認識を深めるよう「原子力安全文化」を徹底させる努力が開始された。これは“技術”を扱う“人間”に対して「技術を扱う心」にまで踏み込んだ安全の施策が必要であることを示したものといえる。

 原子力発電の安全の3原則「止める・冷やす・閉じ込める」のそれぞれについて、原子力関係者は残念ながらこうした失敗を経験した、という意味でこの二つの事故はその後の原子力発電の安全にとって極めて大きな教訓となったのである。その結果チェルノブイル事故後、民営・官営を問わず各国で実際にプラントの運営に当たる事業者による「原子力安全文化の浸透と向上」のための国際的なネットワーク組織「世界原子力発電事業者協会(WANO)」が発足し、事業者同志の迅速な情報交換・相互研修など「世界の事業者による原子力安全文化の共有」が進んでいる。またチェルノブイル事故後、各国政府ベースの既存の「国際原子力機関(IAEA)」の安全活動に加えて新たに「原子力安全条約」が国際条約として締結されるなど、原子力の国際的な安全性向上に向けたフレームワークができている。

 原子力発電所の事故ではないが、19999月の東海村での原子燃料加工施設でのJCO

事故は、安全第一に細心の注意を払うべき作業にあたっての技術者・関係者の技術を扱う専門家としての倫理、および危険性を伴う事業の経営にあたる経営者としての倫理が問われ、その前後に起こった事業者のデータ改ざん問題とも合わせ、技術者倫理・経営者倫理の重要性が改めて浮き彫りにされ、日本原子力学会など学協会が倫理規定の整備などに取り組んできている。

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