【チェルノブイリ事故による健康被害】

チェルノブイリ事故ではどのような健康被害があったのでしょうか。

【回答】

1.チェルノブイリ事故の大きさ

 先ずチェルノブイリ事故はどのような大きさの事故か述べます。チェルノブイリ原子力発電所の事故では最初に原子炉の暴走があり、さらに減速材の黒鉛(純度の高い炭素)が燃え続け、壊れた炉心の高温状態が続き、火災が鎮火したのは10日後でありました。すなわち放射能の放出が10日間継続しました。

 放射能が燃料ペレットから出てくる量は、高温の程度とその継続時間によります。その上この原子炉には格納容器がありませんので、燃料内の放射能は環境に大量に放出されました。

 環境に放出された放射能の量は非常に多く、主要なものを放出放射能と燃料内に内蔵されていた放射能の比の百分率で示すと、
    放射性希ガス:100%、放射性ヨウ素:50〜60%、放射性セシウム:20〜40%など
となります。

 放出された放射能は微粒の粉塵になって遠距離まで風によって運ばれ、雨とともに地表に落下して、地面、動植物、湖沼などを広範囲に汚染しました。

 この事故で、数十万人の犠牲者が出ると無責任な報道もありましたがそうではありません。では実際はどうでしょうか。

2.チェルノブイリ事故による消防員などの健康被害

 事故は原子炉の暴走で始まりましたが、これが契機となって黒鉛に引火して大火災になり、大災害のもとになりました。

 消防士および非番の職員が動員されて、消火活動を行いました。その結果、致死的放射線被ばくを受けた者を含む合計134名の消防士および職員が急性放射線症と診断されました。

 そして、この134名のうち、4ヶ月以内に28名が死亡しました。その後も追跡調査が行われ、1988年まで(事故後約1.7年)に死亡した人は11人になり、合計39名が死亡しました。

 このような大被害は、チェルノブイリ原子力発電所特有の事情によるものであります。チェルノブイリでは炉心を構成する黒鉛が燃えて10日間の原子炉の火災となったものであります。日本のような軽水炉ではこのような原子炉の火災は発生しません。

3.チェルノブイリ事故による国民の健康被害のまとめ

 チェルノブイリ事故により多量の放射性物質が放散され、地表、河川、森林、作物が放射能に汚染されました。

 放射能汚染を除去した汚染除去作業者も含め、旧ソ連3国(ウクライナ国、ベラルーシ共和国、ロシア連邦)の国民の放射線被ばくによる健康被害は、チェルノブイリ・フォーラム報告書(1)に下表のように纏められています。

各集団における自然ガン死および事故の被ばくによる過剰ガン死亡
(予想値)(E.Cardis et al.) 
集団 人口/
平均線量
ガンの種類 期間 自然
ガン死
予想
過剰ガン死
汚染除去作業者
1986〜1987
200,000人/
100mSv
固形ガン
白血病
生涯(95年)
生涯(95年)
最初の10年
41,500人
800人
40人
2,000人
200人
150人
30km圏よりの退避者 135,000人/
10mSv
固形ガン
白血病
生涯(95年)
生涯(95年)
最初の10年
21,500人
500人
65人
150人
10人
5人
特別管理区域の住民 270,000人/
50mSv
固形ガン
白血病
生涯(95年)
生涯(95年)
最初の10年
43,500人
1,000人
130人
1,500人
100人
60人
他の汚染区域の住民 6,800,000人/
7mSv
固形ガン
白血病
生涯(95年)
生涯(95年)
最初の10年
800,000人
24,000人
3,300人
4,600人
370人
190人

 この表の予想過剰ガン死は、各集団の全員の被ばくの合計(集団被ばく線量)と被ばくによるガンの死亡率に基づき、生涯(95年間)における過剰ガン死亡を、計算により、求めたものであります。但し、被ばくによるガン死亡率は短期被ばくのデータを用いていますので、表の予想過剰ガン死の値は大き目の評価値を示します。

 またこの表には自然ガン死の状況も示しています。

 先ず汚染除去従事者の例でもって表の説明をします。汚染除去作業者(1人あたりの平均線量100mSv)の集団200,000人について、放射線被ばくが原因で発生する過剰固形ガンで死亡する人は、生涯の95年間について2,000人と計算されます。一方、この人数の集団では自然ガン死は過去の統計から類推して、95年間で41,500人に達することを示しています。

 汚染除去作業者の集団の白血病について見ますと、白血病で過剰に死亡する人は、生涯の95年間について200人と予想されます。一方この集団の自然白血病死は95年間で800人であります。

 またこの集団の最初の10年間の白血病死亡で見ると、白血病の予想過剰死が150人で、自然白血病死が40人であることを示しています。

 「30km圏よりの退避者」の集団は、チェルノブイリ事故により当局の指示で退避した集団で、その集団の人数は135,000人であって、1人あたりの平均線量は10mSvであります。

 「特別管理区域住民」とは、汚染が著しい土地に住む住民に対して、当局は移住を勧告しましたが、住民は元の土地に住みたいと望み、健康監視のもとに、高汚染区域に居住することを認められた住民であります。この住民の集団の人数は270,000人で、1人あたりの平均線量は50mSvであります。

 「他の汚染区域の住民」とは、旧ソ連3国の国民で汚染した区域に住む住民であります。この集団の人数は6,800,000人で、1人あたりの平均線量は7mSvであります。

4・チェルノブイリ事故による国民の健康被害についての説明

4.1 汚染除去作業者

 チェルノブイリ事故による健康影響を見ると、最も被害を受けた集団は、平均線量の最も大きい汚染除去作業者集団であります。この集団は汚染除去の作業に従事した人々の集団であって、いわゆる一般公衆ではありません。

 この集団200,000人の、生涯95年間における、放射線被ばくによる予想過剰固形ガン死は2000人と計算され、自然発生の固形ガン死の約5%となります。

 この5%の値は、自然発生の固形ガン死の毎年の統計変動より少ないものであります。そして疫学的調査では、現在までのところ放射線被ばくによる予想過剰固形ガン死は、自然発生の固形ガン死の統計的変動を乱していません。すなわち事故の影響で固形ガン死が増えたとは云えないくらいのものであります。

 白血病死については、生涯95年間における、予想過剰白血病死は200人と計算され、自然発生の白血病死の約25%となります。然し表の値は大き目の評価値を示していて、実際の値はこの値より低いと考えられます。

 白血病の毎年の自然発生数は非常に低いので、統計的変動は大きいものであります。従って予想過剰白血病死は自然発生の白血病の毎年の統計的変動を乱すものではないと考えられます。

 一方疫学的調査では、現在までのところ、汚染除去作業者集団について、予想過剰白血病死が自然発生の統計的変動を乱すとは認められていません。しかし汚染除去従事者のうちの高被ばくの集団については、統計的に有意な兆候があると報告されています。

4.2 特別管理区域住民

 汚染除去作業者の次に高い被ばくの集団は特別管理区域住民の集団であります。この集団では、生涯95年間の予想過剰固形ガン死は1,500人で自然発生の固形ガン死の約3.4%となります。

 一方疫学的調査において、現在までのところ、放射線被ばくによる予想過剰固形ガン死は、自然発生の固形ガン死の統計的変動を乱していません。すなわち事故の影響で固形ガンが増えたとは云えない位のものであります。

 予想過剰白血病死は100人で、自然発生の白血病死の約10%となります。然し表の値は大き目の評価値を示していて、実際の値はこの値より低いと考えられます。

 一方、現在までのところ、統計的変動に有意な変動を示していません。また恐らく白血病についても生涯95年間で統計的に有意な変動は認められないものと思われます。

4.3 30km圏よりの退避者

 30km圏よりの退避者の集団では、生涯95年間の予想過剰固形ガン死は150人で自然発生の固形ガン死の約0.7%となります。従って予想固形ガン死は自然発生のガン死の毎年の統計的変動より非常に低いものであります。事故の影響で固形ガン死は増えてはいないといえるくらいです。

 予想過剰白血病死は10人で、自然発生の白血病死の約2%となります。この集団でも白血病死についても生涯95年間で統計的に有意な変動は起こらないものと思われます。

 勿論現在までのところ、疫学的調査でも統計的変動を示すものは認められていません。

4.4 他の汚染区域の住民

 他の汚染区域の住民の集団は、680万人と非常に人数の多い集団ですが、この集団の生涯95年間の予想固形ガン死は4,600人で、自然発生の固形ガン死の約0.6%となります。

 予想過剰白血病死でも、自然発生の白血病死の約1.5%と低くものです。

 680万人の汚染区域住民集団にとっては、事故の影響はないといってもよい位であります。

4.5 まとめ

 消防士や非番の発電所職員は火災消火のために過大な被ばくをして、事故後約1.7年までに39名が死亡しました。これはチェルノブイリ原子力発電所の原子炉では構成要素に黒鉛を使用しているためで、チェルノブイリ原子力発電所の特有な事情によるものであります。わが国のような軽水炉ではこのような火災による大被害は起こらないと云えるでしょう。

 汚染除去作業者、30km圏よりの退避者および特別管理区域の住民の3つの集団の合計、約60万人の集団に対しては、生涯の95年間に亘るガン死亡者は約4000人と予想されるものでありますが、これは95年間までの累計であります。

 そして、チェルノブイリ事故によるガンの発生は自然発生のガンの統計的変動を乱すものではありませんでした。

参考文献(1):WHO
:Health Effects Of the Chernobyl Accident and Special Health Care Programmes(Aug 31,2005)