新潟県中越沖地震と柏崎刈羽原子力発電所

村主 進

(原子力システムニュースVol.18,No.3(2007.12)に掲載)

目次
1.原子炉の自動停止について
2.耐震設計について
3.東電のプレスレリーズについて
4.朝日新聞の報道について
5.読売新聞の報道について
6.まとめ

 平成19716日午前1013分頃に、マグニチュード6.8の新潟県中越沖地震が発生した。震源に近い柏崎市や東電の柏崎刈羽原子力発電所は大きな被害に見舞われた。

この地震により柏崎市で死者10人、重軽傷者1,339人、建物全壊2,053棟、大規模半壊260棟、半壊1,804棟、一部損壊20,989棟の被害があった。道路陥没、断水やガス不通などライフラインの損害も大きかった。(以上は柏崎市まとめ)

一方柏崎刈羽原子力発電所では、設計地震動を大きく超える地震に見舞われ、設計地震動の約2.5倍のプラントもあった。

運転中の原子炉は安全に自動停止したが、微量の放射能が漏れた。また、3号機所内変圧器(屋外に設置)に火災が発生するなど、安全上重要でない構築物および設備は多数損害を受けた。

さて、中越沖地震による被害について、朝日新聞の報道、読売新聞の報道および東電ホームページのプレスレリーズを較べ見ると、対照的なものがある。

東電のプレスレリーズは無味乾燥で事実の記述に過ぎないが実情を正確に表現している。しかし積極的に原子力発電所の安全を伝えようとの意識に欠けるところがある。

朝日新聞の報道は、事実及び関連情報を伝えているが、原子力発電所による公衆の健康被害がないことの報道は少なく、原子力発電所が危険な存在であるかのような誤解を与える報道が多い。このために読者・視聴者に間違った印象を与えかねないものがある。

読売新聞の報道は、事実及び関連情報をかなり正しく伝えている。

1.原子炉の自動停止について

 地震時に運転していた原子力発電所は347号機で、2号機は起動操作をしていたが、地震スクラム信号によって、運転中の原子炉は余裕をもって自動停止し、崩壊熱は余裕を持って除去された。原子炉炉心の放射能は外部に放出されていない。

「原子炉は余裕をもって自動停止」と書いたのは安全系の多重性、多様性は利用されることなく原子炉は停止したということである。

内部点検をしないで「原子炉停止系は余裕をもって停止」といってよいのかとの疑問はあろうが、作動した自動停止設備以外の設備も待機状態にあったことは、中央制御室のパネルで判る。

そして、東電のプレスレリーズのプラント情報(異常情報)を見ると、原子炉停止系に関連する設備の故障・異常報告がない。従って約200本の制御棒はすべて完全に挿入され、また多様性のボロン注入タンクもその機能は健全であったと考えられる。

「崩壊熱は余裕を持って除去」と書いたのは崩壊熱除去系のすべての設備を利用することなく崩壊熱が除去できたことである。崩壊熱を除去する系統は、50%容量の系統3系統か、100%容量の系統2系統よりなり、多重性を持っている。そのすべてが作動可能であったが、1系統は作動の必要がなく、従って余裕を持って崩壊熱を除去したことになる。

2.耐震設計について

 原子力発電所の耐震設計は、@原子炉施設に対する安全設計(AsおよびAクラスの構造物および設備に対する安全設計)と、A一般の産業施設と同等なクラスのものに対する安全設計(Cクラスの構造物および設備に関する安全設計)と、Bその中間の重要度を持つものに対する安全設計(Bクラスの構造物および設備に関する安全設計)とに分けられる。(旧耐震設計審査指針のクラス分けを用いる。)

 このように重要度に応じて安全対策を行うのは、人間工学的見地に基づくものである。

人間は注意力に限界があり、留意する事項が多ければ多いほどミスを犯す頻度が高くなる。従って重要性の高いものだけ、その重要度に応じて、厳重な設計と慎重な取扱が必要となる。

AsおよびAクラスの構造物および設備とは、原子炉およびこれを構成する機器・配管系と原子炉の自動停止系、原子炉の崩壊熱除去系、非常用炉心冷却系および原子炉格納容器などである。

AsおよびAクラスの構造物および設備は、炉心に閉じ込められているFPの放散を防ぎ、周辺の公衆の安全と健康を守るものであるので、特にその機能を失わないように十分な安全余裕をもって設計している。

今回の新潟県中越沖地震は、原子力発電所の設計地震動を遥かに越えた地震であった。

しかし耐震の安全性は、設計地震動とともに、構造物および設備の耐震設計によって決まるものである。

AsおよびAクラスに属する構造物および設備の耐震設計では十分な余裕をもって設計されている。

この耐震設計の余裕が非常に大きいことは原子力発電技術機構の多度津工学試験所の大型振動台で確認されているところである。

この耐震設計の十分な余裕が、地震動が想定を大幅に上回るものであっても、原子炉が安全に停止し、余熱を除去して、原子炉の安全には支障をきたさなかったものである。

しかし、設計地震動の設定には甘いところがあったのは事実で、発電所周辺の断層を再調査して適切な設計地震動を設定する必要がある。

3.東電のプレスレリーズについて

東電ではホームページにプレスレリーズの欄を設け、時々刻々プラント状況を発表している。これはプラント状況を規制当局に報告した後、直ちにプレス発表をしているものと考えられる。

マスメディアの記事は読者・視聴者が興味を持つように編集するので、記事の内容は必ずしも正確ではない。また読者・視聴者に誤解を与えるような記事もある。

従って、東電の時々刻々報告しているプレスレリーズは、公衆に正確な情報を伝えるものであって、時宜を得た適切なものである。

地元の人も一般の公衆もインターネットを大いに利用して正しい情報を得るべきであると考える。

但し東電のホームページに注文がある。それはも少し原子炉の安全性を積極的に説明してもらいたいことである。

地震が想定外の大きさであったにもかかわらず、1節に述べたように、運転中の原子炉は余裕をもって自動停止し、余裕をもって余熱を除去した。

また2節に述べたように、安全上重要な構築物および設備は十分な安全余裕を持って設計されている。

しかし、東電のプレスレリーズでは、このことについて目立たない記述しか無かった。

東電のプレスレリーズでは、地震に伴い運転中の原子炉が自動停止したこと、および自動停止した原子炉の余熱は除去されたことしか記述していない。

これでは、守りの姿勢であって攻めの姿勢ではない。積極的に原子炉の安全設計をPRする姿勢があってもよいのではないか。

原子炉自動停止および余熱除去かいかに重要なものであるか、自動停止および余熱除去を確実に実行するためにいかに多重、多様な設計をしているのかは、公衆に分からない。

今回の実際に起こった例によって深層防護の説明をすれば、公衆も興味を持って受け入れ、理解するであろう。

以上の指摘事項に関しては、東電は地元には説明しているのかもしれないが、東電のホームページには流されていない。

原子力発電の安全性に対する理解は地元住民に必要なことであるが、地元以外の国民にも必要である。

当事者である東電はプレスレリーズで、このような積極姿勢での説明はし難いことは理解できるが、他の手段で説明する方法はある。

東電のホームページでプレスレリーズ以外のテーマでまとめて発表する方法もあろう。また原産、原子力文化振興財団などが、ホームページで、第3者として発表する方法もあろう。

原子力安全・保安院長が、ここに指摘した内容のことを、テレビで明快に答えているのを視たが、テレビは一過性で視てもあまり記憶に残らない。またチャンネルを回さなければ視聴する機会がない。

インターネットならば記録は保存され、また印刷して保存することもできる。

以上積極姿勢のPRも必要であることを指摘したが、いずれにしても、公衆が中越沖地震の柏崎刈羽原子力発電所に及ぼした影響に興味を失わないうちに纏めて記録に残る形で発表して欲しいものである。

4.朝日新聞の報道について

 マスメディアが取り上げる報道は事件性のあるものと話題性があるものとに分けられよう。話題性についてはマスメディア各社がどのような話題を取り上げれば読者・視聴者の興味を引くのか、マスメディア各社の記者の腕の見せ所である。

原子力関係の情報は、「安全」というキーワードの下でマスメディアの格好の話題材料になっているのではないだろうか。

話題として読者・視聴者の興味を引くためには、それなりの加工を必要とする。この加工のために正確な情報が伝わらないことがある。読者・視聴者に誤解されて受けいれられることも多い。このような事例を以下に述べる。

柏崎刈羽原子力発電所が想定外の地震に見舞われたのは716日午前1013分頃である。

東電は16日に4本のプレスレリーズを行っている。

1報は、運転中の原子炉の自動停止と3号機の所内変圧器(屋外設置)の火災が午後010分鎮火したことである。

2報は各プラントの運転上の制限値の逸脱および復帰情報である。

3報は地震観測記録である。この時1号機の原子炉建屋最下階において東西方向の地震動が設計地震動の約2.5倍であることが報告されている。

4報は6号機原子炉建屋の水漏れがあり、この水が放水口を通じて海に放出されたこと、およびその量が6×10Bqであり、周辺環境に影響がないことが報告された。

 翌日の717日第1報は7号機より3×10Bqのヨウ素および粒子状放射性物質の放出、および周辺環境への影響のないことが報告された。

 3日後の719日第3報で自動停止した原子炉は冷温停止中であり、安定した状態にあることが報告された。

 この東電のプレスレリーズに対して朝日新聞の報道は以下のとおりであった。

 東電のプレスレリーズの翌朝の朝刊より柏崎刈羽原子力発電所の地震被害を大々的に取り上げた。朝刊で1面、2面、3面社説、30面と、夕刊で12面と、かなりの紙数を用いて報道している。内容は想定外の地震が起こったこと、原子力発電所の耐震が甘かったこと、放射能が洩れたこと、屋外の変圧器で火災があったことなどであって、読者に原子力発電所に恐怖を抱かせるような内容であった。特に社説では「背筋が寒くなったことは、原発が想定を上回る揺れに襲われたことだ。放射能を含む水が漏れ、火災も発生した。」とある。

 想定を2.5倍も上回る地震動に見舞われたことは事実であるが、朝日新聞は、耐震設計に大きい余裕があることには一行も触れていない。

 事実は、耐震設計の大きい安全余裕によって、想定外の地震動にもかかわらず、原子炉は余裕をもって自動停止し、崩壊熱は余裕をもって除去されたのである。原子炉の安全性に支障はなかった。

原子炉が地震により自動停止したことについては、朝日新聞は「動かしていた原子炉が自動停止したが、3号機建屋わきの変圧器で火災が起こり・・・」と、変圧器火災の記事に付随的に述べているだけである。原子炉は安全に停止したことを主題として述べた記事はない。

朝日新聞は、火災を起こした変圧器が耐震重要度ではCクラスで、安全上重要なものではないことには1行も触れていない。

 放射能を含む水が漏れたことは、717日朝刊1面の見出しで大きく「放射能を含む水、外へ 柏崎刈羽原発揺れ 国内最大」と書いている。しかし環境に影響を及ぼしていないことに関しては、本文に「人体や環境への影響は認められていない」と小さく書かれているのみである。

 また本文を詳しく読むと、外に漏れた水は燃料プールの水が床に飛散し、この水が外部に漏れたものであることも分かる。

 見出しのみを見て本文を詳しく見ない人は、この記事を見て大変なことが起こったと思うであろう。

 これでは、原子力発電所を知らない一般の人が、原子力発電所に恐怖を持つのは当然である。

 朝日新聞では200411月から原発震災問題を取り上げていたので、変圧器の火災によって最初から原発震災との位置づけで報道したようである。

 これでは朝日新聞は原発震災との切り口で報道する意図を持って編集したものといえよう。現実に手を加え、送り手の観点から捉えた情報であるといわれても仕方がない。

5.読売新聞の報道について

 読売新聞は、地震直後よりかなり事実を忠実に報道していた。勿論読者に興味を引くような編集はあろうが、読んでみて事実を間違って理解する恐れは少ない。

 中越沖地震の騒動がかなり収まった83日の読売新聞朝刊3面に「検証 柏崎原発 地震被害」のテーマで、「原子炉被害報告 なし」の大見出があり「最大加速度2058ガルという強烈な揺れに襲われた東京電力・柏崎刈羽原子力発電所。敷地内での火災や浸水が大々的に報じられたが、冷静に検証すると、安全確保のシステムは正常に働き、原子炉本体など最重要機器の損害報告もなく、被害は周辺設備にとどまっていた。原発の耐震力の強さを示したといえる。」とある。但し「地震の想定の見直しは必要」とある。

また「外部への放射能漏れは2件あった。しかし、放射能漏れの量はどちらもごく微量で、それによって人間が受ける放射線量は、年間に自然界で浴びる量のそれぞれ約12億分の一と約1200万分の一。環境や人体への影響はなかったといってよい。」とある。

読売新聞818日朝刊11面には「基礎から分かる原発の耐震性のQ&A」が載っている。「放射能漏れをどう防ぐ」のQには「万一の時、原発に求められる最重要機能は「安全に炉を止める」「冷やす」「放射性物質を閉じ込める」の3つだ」、「耐震力をABC3段階に分けて設計されている。」とある。

「想定を超える揺れには」のQには、「想定を超える揺れだったのに安全が確保されたのは、耐震設計に「ゆとり」があったからと言える。」と設計上、強度に余裕があることを述べている。

 以上の内容の記事は正確なものであり、専門家が見ても妥当な記事である。

6.まとめ

 著者は長い間、メディア・リテラシーの必要性を説いてきた。リテラシーとは「読み書きソロバンの能力」のことである。メディア・リテラシーとは「読者・視聴者が新聞記事やテレビ放送の内容をきちんと読み取り、自分で判断する力」である。

 民主主義の世の中では、国民の世論が政策を左右する。このために国民は物事を正しく判断する能力を持たなければならない。しかし大部分の人にとって物事を判断する材料はマスメディアの報道である。従って国民がマスメディアの報道を間違って受け取らないことが重要となる。

 マスメディアの情報を正しく理解し、正しい知識を得るためには、メディアの情報を鵜呑みにせず、よく吟味して理解することである。

朝日新聞の記事も、ある程度の知識を持っている人が内容を詳細に読めば誤解することはないであろう。しかし一般の人は見出しで内容を理解するものであって、一々内容を詳細に吟味する余裕はない。また基礎知識の欠ける人も多い。従って新聞の内容が間違って理解されることが多い。

 マスメディアは読者・視聴者の獲得競争が激しく、生き延びるためには色々な切り口で報道し、読者・視聴者の興味を引くような報道をすることもある程度止むを得ないことである。しかし読者・視聴者に誤解を与えるような報道をしないように自重してもらいたい。

 また読者・聴視者もメディア・リテラシーの訓練をして、メディアの情報を誤って受け入れないように努力する必要がある。

 現今はインターネット網が広い。世界の情報が直ちに入る時代である。マスメディアの記事は世間の話題として話すのはよいが、世論に影響を与えるものは権威ある機関のインターネット情報をよく見て判断する時代である。